2015/11/06

一文化の個として

今回のモアイフェース開拓に関して、所々でスタイルについての質問を受けたり、間違った憶測・噂の類が一人歩きし始めてしまうのも困るので、今一度ここで明文化しようと思います。

まず今回の開拓では極限まで残置物の設置・使用を排除しました。
唯一新たに3、4ピッチ目のビレイ点にのみボルトを2本づつ(計4本)打ちましたが、そのビレイ点は”両手を離し、安易に立つことのできるレッジ”というピッチを区切るのに岩壁中で最も自然である箇所を選択し、レッジトゥレッジにてピッチを区切っています。
実際に登攀するライン上にはピトンやボルトの設置はもちろん、過去のエイドルート(南回帰線)のリングボルト、ハンガーボルト、ピトンの類も一切使うことなく全ピッチレッドポイントしています。
また、実際のトライにおいてはルートの冒険性を極力残すため、ムーブを固めないよう全ピッチともトップロープでの完登はもちろん、ピンクポイントもせずに唯一レッドポイントでの完登にこだわり、掃除がある程度済み可能性が見え、ラインが明瞭になった時点からレッドポイントトライを行っています。
妥協した点があるとしたらグランドアップでの開拓では無かったということです。
2ピッチ目の途中まではグランドアップで登っていますが、掃除の必要性とラインの不明瞭さに折れ、途中からラペルダウンしています。
この内容の詳細に関しては次号のROCK&SNOWに掲載予定ですが、以上が今回の開拓スタイルの全てです。

私にとって、クライミングとは自己鍛錬、自己主張の一手段で、自己完結すれば良いものと考えています。
そしてそのクライミングの一要素である開拓には、特定の誰のためという思考よりもクライミング文化のため、未来のクライマーのためという思考が優先されるべきだと思います。
ただ、そのエリア自体の環境や時系へと視点を落とし込むとスタイルを貫くべき対象となることもあれば、妥協を許してしまえることもあります。
しかし、その妥協には自己完結ののちに収束するならば全く問題ありませんが 、妥協を妥協と認識できず、公の場においてその結果を標準化してしまうことでその文化自体を衰退へと導く危険性があると思います。
そういった意味でクライミングには、特にそのスタイルには、優劣の評価が付き纏うのは自然なことではないでしょうか。

今回の登攀スタイルも様々な論評と理解がなされるでしょう。
例え一個人が主張しようが大衆化には敵わないのかもしれません。
しかし文化とは、優劣関係なくその一つ一つによって形成されていってしまうものなのだと思います。
でもそれでも僕は僕のクライミングを続けていきたいのです。

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