2017/04/26

燈明 -The votive light-

-灯明の岩-

元禄十五年、前年の大火で焼失した善光寺本堂再建のため、南佐久各地から木材が伐り出され、南牧村海尻から伐り出された木は、湯川渓谷を経て千曲川へと運ばれました。
その木は現在も柱となり善光寺 本堂にあります。 
ある日、夕暮れに及んだ作業に難儀していると、渓谷の岩の一つが灯をともしたように明るくなり、人々の作業を助けました。
以来その200m近い巨岩は灯明の岩と呼ばれるようになりました。

八ヶ岳海尻温泉 灯明の湯HPより


-白髪鬼と燈明-
燈明の登攀では白髪鬼のボルトアンカーは使用しておらず、前半パートで白髪鬼をほぼ100%登っているのでボルトの存在意義に関して悩んだがボルトはそのまま残すことにした。
そもそも自分もリハーサルで使っていたのと、白髪鬼というルートを知る内にそのボルトの打たれた経緯が妥協点としてのボルトでは無く、もともとの支点の風化や不安定性など踏まえた上で打たれたものであるということを知ったからだ。
もし、そのボルトを撤去したとしたら白髪鬼というルートは死んでしまうだろう。
しかし将来、初見から完登における全プロセスでそのボルトを一切使わずに登るクライマーが現れた時には撤去に関しての議論がなされても良いのかもしれない。

グレード、スタイル、課題として定義されたライン
クライミングにおいて我々が定義付けるそれら全ては、何某かの目的を達成するための単なる手段としてそれ以上でもそれ以下でも無くそこに在る。
無謀と冒険、理想と妥協、そして手段と目的の境界を見極めるクライミングは辛く苦しい。
しかし、その選択を悩み、考え続けることで拓ける見地もあることを実践によって理解できた今回の登攀は、自身にとって大きな意義を持った。

仏教において無明を照らす智慧の光。神仏に供える灯火として供養の一つとされる燈明。
そのスタイルとラインを悩み抜いた末に繋がった、岩の上まで続く一閃のクラック。
その一閃が導く岩のラインを、燈明-The votive light-と名付けました。

Photo : Satoru Hagihara

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-The article of "The Votive Light" in Alpinist.com

2017/04/20

白髪鬼

先週のグランドフォールのトラウマを振り切り、恐ろしいランナウトにも耐え、ようやくそのルートの核心部を抜けることができた。
目の前には終了点とされるチェーン付きのボルトアンカーがあり、そのすぐ右方、3手延ばした先には両手を離せるほどの安定したテラスがある。
右脇から延びている別のクラックを経て、そのテラスに移れば本来目的としていた白髪鬼の完登である。
しかし、いま私が両手を捻じ込んでいる指寸ほどのそのクラックは、そこで途切れることなく岩の頂点まで続いていた。



<2本のクラック>
白髪鬼というルートは、現在では壁の途中にあるボルトアンカーを終了点としたルートとしてほぼ定着している。
また、そのボルトアンカーから3手ほど右方に手を進めると、別のクラックを経て両手を離せるほどの安定したテラスに移れる。
その終了点の位置も、安定したテラスの存在も、そこでピッチを区切り、ルートの終了点とするには実に合理的で、形状の弱点をついたごく自然な終了点である。
しかし、ただ一点、不自然な点があるとすれば、それまで登ってきたクラックから脱線し、別のクラックに移って終了となることであった。
実際、白髪鬼の指寸にも満たないそのクラックは、そのボルトアンカー付近で途切れることなく、そのままさらに左方に延び、岩壁中央のクラック(テレパシー/5.10+)に繋がっている。


<ボルトアンカー>
歴史を紐解くと、そのボルトアンカーは保科氏によるピンクポイント初登、吉田氏の第2登の後に打たれたもので、それまで白髪鬼のビレイ点は不安定な岩が重なり合ったブッシュからロープを延ばし細い立木に設けた、ビレイ点としては些か頼りないものであった。
そこには今でも当時使われていたであろう苔むしたロープが垂れ、その名残が残っている。
そして、それまでピンクポイントに留まっていた白髪鬼は、多少なりともそのボルトアンカーの一助によって、マスターリードレッドポイントというより良いスタイルで完成された。
しかし、そのボルトアンカーにぶら下がる度に、「なぜ私はトラッドルートをトライしているはずなのにボルトにぶら下がっているんだ?」という疑問が脳裏に浮かんだ。

Old anchor
Photo:Kenichi Moriyama

<手段としてのスタイル>
・グランドアップ
当初の目的は「白髪鬼をより良いスタイルでレッドポイントする」という発想の基で今回のクライミングは始まった。
まずはグランドアップでのトライだった。
昨年と今シーズン、一日づつ計2日間をこのスタイルでトライし、実際にグランドアップによるクライミングで白髪鬼の終了点には至った。
しかし、いざレッドポイントとなると複雑さが増した。特にギアの回収という問題であった。
レッドポイントトライで、もし途中でフォールした場合、ギアを回収するにはそのまま終了点まで再度登ってロワーダウンしながら回収するか、クライムダウンしながら回収するか、もしくはパートナーに回収に行ってもらうかだった。
しかし、フォールの度に「ギア回収のためのクライミング」を繰り返すうちに、当初のグランドアップの精神、未知なる一手への駆け引きという冒険性はもはや薄れていってしまっている感覚を覚えた。
そして、そもそもオンサイトでない限り、トラッドルートでのグランドアップでのレッドポイントに深い意義があるのか、たとえ達成したとしてもそれは単なる「グランドアップで登った」という形式上のタイトルであって、果たして自分の求めるものはそれなのか、という疑問が生まれた。


・ロープソロ
しかし、よりよいスタイルで白髪鬼は登り切りたい、という思いは消えず、そこで選択したのがロープソロだった。
そもそも白髪鬼というルートの歴史は、保科雅則氏や中嶋徹氏が実践してきたように、その節目毎により良いスタイルで登られてきたというクライミングにおける冒険性の象徴のようなルートで、初登の保科雅則氏が残した、冒険に対する格言。新たなスタイルを目指すチャレンジ精神と精神性の不滅。
とにかく、それをこのルートで実践し、理解したかった。
しかしやはり、ロープソロスタイルにおいても、その複雑さは付き纏った。
そもそも自分のロープソロシステムでは湯川の柔らかい岩質で行うトラッドルートには不向きであることも知り、実際、フォール時の衝撃にプロテクションが耐えれず、極めていたカムが3本すっぽ抜けてグランドフォールという痛手も負った。
ロープソロを選択した理由は、実は他にロープソロでやりたい(ロープソロで登ることで大きな利点が得られるルートの登攀)の実験的な目的もあったのだが、いざ蓋を開けてみると手段としてのロープソロシステムの利点・欠点と今回のルートの性質はそもそも全く噛み合っていなかったことを知った。

Rope solo on Hakuhatsuki
Photo:Kenichi Moriyama


そのスタイルの選択に苦悩し、冒険性の追求を目的としながら、スタイルという手段そのものが目的化したとたん、複雑さを纏い、クライミングのシンプルさを損なった結果、冒険性にも霞がかかってしまっていることに気がついた。
その苦悩のうちは、まるで一寸先も視えない霧雨の中にいるような感覚だった。


つづく

2017/04/10

霧雨の中で

クライミングにはフィットネスから冒険的な側面まで全てを受け入れる器があって、それはクライミングの寛容さを示す素晴らしいことだと思うのだけれど、岩を登ることにおいては安全楽しいの前者はありえない。
そういうことをフィットネスクライマーたちに向かって一方的に理解を求めるのは無理な話だが、いずれ来るであろう彼らの岩場流入という大きな波から先人たちが築いたロッククライミングの文化を守るためにも、現役のロッククライマーがそれらを示していかなければならないのかもしれない。

そんな日々の雑感を抱きながら、昨日は湯川の白髪鬼5.13d/Rのロープソロでのリードクライミングを。
初登の保科雅則氏が残した、冒険に対する格言。新たなスタイルを目指すチャレンジ精神と精神性の不滅。
それをこのルートで実践したかった。
結局、霧雨降る中での岩のコンディションの変化を感じ取れずで今回は完登には至れなかったが、リスクを享受する覚悟というメンタリティ、そのプロセスも冒険の一部だと思うし、そこまでは多少なりとも実践できた自負はある。
また次回、引き続きリベンジです。

それにしても先日の煩わしいやりとり然り、大手資本の参入も然り、今の世の流れから感じるのは冒険性そのもの自体が否定され禁止される腑抜けた時代がいずれ日本には来るんじゃないかと本気で心配になるということ。
そんな時代の流れに中指立てて、敢えて今回のフォールの動画を残そうと思います。
腐り始めたこの国の政治のように、好きなクライミングも腐っていってしまわないように、と。


video

※ 閲覧注意、グランドフォールシーンです。
 Viewer note. A climber fell on the ground.